はじめに
OpenROADについて調べていると、ちょっと気になることがありました。
OpenROADはオープンソースのEDAで、RTLからGDSIIまでを対象としたチップ設計フローを構築しています。商用EDAではライセンス費用が大きな問題になりますが、OpenROADは「チップ設計のコストや参入障壁を下げる」ことを大きな目的にしています。
では、企業がOpenROADを本格的に使う場合、困ったときには誰に相談するのでしょうか?
オープンソースだから、全部自分たちで対応するのでしょうか。
調べてみたところ、OpenROADには有償の商用サポートを提供している会社がありました。
それが、Precision Innovations Inc.、略してPIIです。
そして、さらに調べてみると、2026年7月にSiemensがPrecision Innovationsを買収すると発表していました。
「OpenROADの商用サポート会社」として見つけた会社が、実はSiemensのEDA事業に入ろうとしている。
これは、OpenROADを考える上で気になる話です。
OpenROADを有償サポートするPrecision Innovations
OpenROADの公式サイトには「Professional Support」という項目があり、そこにPrecision Innovationsが掲載されています。
しかも、単にOpenROADを使っている会社として紹介されているわけではありません。
OpenROAD公式では、Precision InnovationsをOpenROADのprimary industrial developerと位置付け、企業向けにCommercial support、Custom tool development、Flow optimization、Enterprise-grade solutionsなどを提供すると説明しています。
つまり、
「OpenROADはオープンソースだから無料で使える」
という話と、
「企業がOpenROADを使って製品開発するための商用サポートがある」
という話は、両立しているわけです。
なぜOpenROADに有償サポートが必要なのか
ここは、オープンソースEDAを考える上で重要なところだと思います。
RTL-to-GDSIIのフローを動かすだけなら、OpenROADをダウンロードして自分で環境を構築することもできます。
しかし、実際の半導体開発では、それだけでは終わりません。
PDKへの対応、フローのカスタマイズ、配置配線の問題、タイミングやPPAの改善、ツールのバグ修正、特定の設計条件への最適化など、設計ごとにさまざまな問題が出てきます。
そこで、OpenROADそのものを開発している専門家からサポートを受けられることには意味があります。
実際、OpenROADの2024年活動報告では、DARPAによるOpenROADへの資金提供が2023年12月31日に終了した後も開発を継続し、Precision Innovationsがpaid-support modelsを提供してOpenROADとユーザーの長期的な持続性を支えていると説明されています。
これは、「オープンソース=商売にならない」という単純な話ではありません。
ソフトウェアそのものはオープンでも、その上に専門的なサポート、カスタマイズ、最適化というビジネスを成立させることができます。
実際に企業が使っている
では、実際にPIIのサポートを受けてOpenROADを使っている企業はあるのでしょうか?
ここで出てくるのが、プロセッサ開発を行っているAsceniumです。
OpenROAD公式の記事によると、Precision InnovationsはAsceniumに対して、OpenROADとASAP7 PDKを利用した設計見積もりについてdedicated supportを提供していました。
AsceniumがOpenROADを使った理由は、単に「安いEDAだから」というものではありません。
OpenROADを利用して、プロセッサのアーキテクチャを早い段階から探索することが目的でした。
さらに2026年2月に公開されたAsceniumの記事では、Design Space Exploration(DSE)を、設計の最後に行うPPAチューニングではなく、アーキテクチャ上の判断を検証するための中心的な手段として説明しています。
DSE using OpenROAD: A strategic advantage
そしてSiemensがPrecision Innovationsを買収へ
ここで話が大きく変わってきます。
2026年7月20日、SiemensはPrecision Innovationsを買収する契約を締結したと発表しました。
Siemensによれば、Precision InnovationsはオープンソースのOpenROAD frameworkをベースにEDAソフトウェアを開発している会社です。
その技術によって、SoCの設計サイクルの早い段階で、アーキテクチャや設計上のトレードオフを評価し、PPAを最適化することを狙っています。
Siemensは、Precision Innovationsの技術を自社のDigital Design Creationソフトウェアに組み込み、アーキテクチャ、実装、SoCのライフサイクル管理までをつなぐ方向を示しています。
Siemens、Precision Innovations買収発表
なお、2026年9月現在では買収契約の発表段階であり、取引完了は2026年第3四半期の予定とされています。
おわりに
今回、最初は単純に「OpenROADを有償でサポートしている会社はあるのだろうか?」と思って調べてみました。
すると、OpenROAD公式にはPrecision InnovationsがProfessional Supportの提供企業として明確に掲載されていました。
さらに、Asceniumというプロセッサ開発会社が、Precision Innovationsのサポートを受けながらOpenROADをDSEに利用していることも分かりました。
そして2026年7月、SiemensがPrecision Innovationsを買収すると発表しました。
こうして並べてみると、
OpenROAD ↓ Precision Innovationsによる有償サポート ↓ Asceniumによる利用 ↓ SiemensによるPrecision Innovations買収
という流れが見えてきます。
オープンソースのEDAプロジェクトを中心に、商用サポートを行う企業が生まれ、その技術を利用する半導体企業があり、さらにその会社を大手EDA企業であるSiemensが買収する。
では、Precision Innovationsは実際にどのような企業を顧客としてきたのでしょうか?
そして、AsceniumはOpenROADを使って、具体的にどのような設計を行っているのでしょうか?
このあたりを、もう少し掘ってみたいと思います。
この形なら、記事のテーマが「OpenROADの商用サポートエコシステム」に集中します。
















