はじめに
昨年の4月1日のブログ
お仕事始めて、35年が経ちました。早いものです。本当に早いものです。
35年前の3月31日。ホテルオークラ東京にて入社式を行い、そのまま観光バスで研修所に送り込まれた日を何となく思い出しています。。
あの時は定年まで働くのかな?と思いましたが、その後、転職して、そこで定年を迎える感じです。
運に尽きる35年間
お仕事を始める前から運で生きてきました。
大学入学でも運よく受かり、大学院も運よく推薦で進学、お仕事も就活1日+健康診断1日で終了でした。
お仕事では、みんながやりたい仕事ではないものを選択したところ、ちょうど半導体開発の転換期(回路図ベースからHDLベース)になっていたことの運
ここいら辺のお話は、下記のブログに書きました。
数年間、不運というか、よくわからない時期があり、飲みの時に勢いで辞めてやる!と上司(3人)に言ったものの、何の反応も無かったので、あー、そうなんだと思い、気持ちも楽になり、我が道を進むことにしました。
その後、その不運も通り過ぎ、会社の転換期となったプロダクトでASIC開発にてCPUとの接続部分の設計をやって、全体の検証もやり、どうにかプロダクトがリリースできました。この時、テープアウトがちょっと遅れたのですが、ラインが空いていないということで2か月ぐらいドキドキした日々を暮らしました。これがあたしが設計が嫌いになった理由です。ちなみに、テープアウトが遅れた理由はあたしの担当部分じゃないです。そして、遅れた部分の回路はプロダクトには使わないという、面白い落ちも付いています。。おいおい。
このプロダクトの大成功により、全社のASIC検証関連のリーダー的なお仕事を数年間することになります。その成果で社長賞なるものを頂きました。その社長賞授賞式で部門長が壇上で涙を流していたのが非常に印象的でした。。。(え、何で?)
プロダクトの大成功で、その後のプロダクトはある意味、アップデートになりました。あたしは違う方向へ。半導体開発からこのブログで取り上げていた「マルチコア・GPGPU・FPGA」を利用したシステムの開発を結構長い間行いました。
プライベートでは、2017年、Tensorflow XLAとの出会いが結果的に違う道への入り口になりました。TensorFlow XLAのソースコードを解析し、勉強会で発表を何度かしていたら、運で今の会社に転職する機会に出会たのです。その会社の前身で丁稚でいいので働いてみたいと思っていたので、念が効いていたのかもしれません
そこいら辺のことは、下記のブログに書いてあります。
そして、もうすぐ転職して6年が過ぎます。そして、その後、定年を迎えることになります。
おわりに
定年になったときには、またブログに書いてみたいと思います。
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